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瓦経・青石塔婆

瓦経と青石塔婆は、日本の仏教美術や信仰に関連する二つの重要な遺物です。

瓦経、青石塔婆(板碑)は、平安時代末期から鎌倉時代にかけての社会情勢や人々の信仰、特に末法思想や浄土教の影響を色濃く反映したものになります。

瓦経は、平安時代後期(11世紀~12 世紀)に作られた経典の一種です。その製作方法は特徴的で、粘土板に法華経や般若心経などの経文を刻字またはヘラ書きし、それを焼成して作られました。瓦経が作られた主な目的は、末法思想の影響によるものです。仏法が将来途絶えるという考えから、経典を後世に残すために、経塚と呼ばれる場所に埋納されました。これは、未来の人々に仏教の教えを伝える意図があったとされています。地域的には主に西日本で多く作られ、経塚から発見されることが多いです。

青石塔婆や板碑とも呼ばれるこの石造物は、平安時代末期から鎌倉時代(1185年~1333年)にかけて主に造立されました。特に鎌倉時代には、浄土宗の念仏往生の信仰の高まりと共に隆盛をみました。使用される材料は、主に秩父地方で産出される緑泥片岩(青石)を使用し、加工が容易で美しい青色を帯びているため「青石塔婆」と呼ばれます。石板状で、表面には仏尊を示す梵字(種子)や仏像、年号、供養者の名前などが彫られています。故人の追善供養や、現世・来世の安寧を祈るために造立されました。一部は墓塔としても使用され、近くから蔵骨器が発見された例もあります。地域的な分布としては、特に関東地方に多く見られ、埼玉県では約 27,000基が確認されています。その歴史的背景には、平安時代末期の末法思想や浄土教の影響があり、鎌倉時代には特に武士階級の間で普及しました。室町時代初期・南北朝時代(1336年~1392年)のものとしては、釈迦如来(阿弥陀如来)の種子「キリーク」や蓮華台が深く彫られた特徴的な板碑断片があり、この頃の将軍は足利尊氏・時政の時代とされています。

掲載品は、巻菱湖記念時代館所蔵の『瓦経・青石塔婆』になります。
※ 『空海の庫を開く 1の庫』掲載品


『空海の庫を開く』1の庫

2025年7月より、弘法大師・空海 御生誕1250年(2023年) / 御入定1200年(2034年) 企画として、『文字の国 ー 日本の文字の風景 空海の庫を開く』と題し、長期企画の複数巻(1の庫から8の庫)での書籍刊行を実施いたします。巻菱湖記念時代館 監修・株式会社 創三舎・株式会社 養玲社の合同企画事業として書籍をメインとし、WEBなどからも文字文化遺産を発信してまいります。書籍版とWEB版は、掲載内容が異なりますので、併せてご覧いただければと思います。

『空海の庫を開く 1の庫 』は、墨宝図版をメインとした作りとし、そこに略説明を加えたものとなっております。弘法大師・空海が繋げる文字文化・歴史・観光を主なテーマに構成いたしました。弘法大師・空海を中心とした、日本の文字文化から始まり、歴史・観光をご紹介する書籍となっております。